批評集団「大失敗」

「俺たちあくまでニューウェーブ」。一月に京都文フリで本出します。https://twitter.com/daisippai19

【絓秀実氏寄稿決定】『大失敗』創刊号内容紹介

 ※通販始めました

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私たちに必要なのは「生きた自由な言葉」なる、ブルジョワの玩具ではないし、私たちがそのようなものを持ちうるはずもない。ここにあるのは、『神曲』の如きカノンによって構成される「不自由な」言葉の敗走であり、陰に陽に永続し続ける階級社会に対する、「たたかうエクリチュール」なのである。(左藤としげのによる「巻頭言」から抜粋) 

 ご無沙汰しております、批評集団「大失敗」です。

 九月に「大失敗」立ち上げて以来、ブログを書いたり色々していたわけですけれども、あまりに創刊号の内容を公開しないので周囲から「本当に出るのか?」と心配されている有様です。この度、二〇一九年一月に刊行する創刊号の内容紹介をしたいと思います。

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  ▲創刊号表紙

 コンテンツは次の通りです。全体としては二つのテーマから成っています。

  • 絓秀実「柳田国男戦後民主主義の神話」(特別寄稿)
  • テーマ①《異化》としての批評
    • 小野まき子「煙草と図鑑 ブレヒト『セチュアンの善人』について」
    • しげのかいり「金井美恵子論 吐き気あるいは野蛮な情熱」
  • テーマ②「昭和の終わり」と「平成の終わり」
    • 赤井浩太「宮台真司の夢 私小説作家から天皇主義者へ」
    • 左藤青「昭和の終わりの『大失敗』 八八年の有頂天から」
    • ディスコゾンビ#104「俺と空手とS−MX 我々は如何にして恋愛資本主義と戦ってきたか?」(コラム)

絓秀実「柳田国男戦後民主主義の神話」(特別寄稿)

 本ブログでも以前取り扱った、批評家・絓秀実氏による論考です。先日(十二月十五日)の京大人文研のシンポジウム「1968年と宗教―全共闘以後の「革命」のゆくえ―」における絓氏のご発表を収録する形になっています。

 絓秀実氏は、一九四九年生まれの文芸評論家です。「六八年の思想」をはじめ、多種多様な哲学的・批評的言説をたくみに用いつつ思想史を解きほぐし、一方で個別具体の政治運動や芸術運動に「フェティシスト的に拘泥」(王寺賢太による表現)する、独自の批評を展開されてきました。

 本論考は、戦後民主主義、そしてその勘所としての天皇制について思想史を整理し、その問題に迫る内容となっています。『アナキスト民俗学』や『増補 革命的な、あまりに革命的な』(特に付論部分)で展開された議論のまとめ、かつ直接的な問題提起として受け止めることができます。

柳田の神学は、その危惧をこえて強力であった。そのことは、東日本大震災以降における今の天皇のパフォーマンスにおいて明らかになったことである。震災以降、全国を巡る天皇夫妻のパフォーマンス、あるいは、それと相即してなされた海外の戦地歴訪は、それがいかに「ヒューマン」なものに見えようとも、「祖先崇拝」=天皇制トーテミズムの再活性化以外のものではないだろう。繰り返すまでもなく、そのような「祖先崇拝」イデオロギーの顕在化とともに、戦後民主主義を守れという声も高まり、天皇をその「象徴」(=トーテム)と見なす言説が、当然のことのように発せられるようになったのである。(「柳田国男戦後民主主義の神話」本文より)

 ここで絓氏が直接的に参照しているのはフロイトのトーテム理論であり、いわば一種の「日本精神分析」になっているわけですが、この論考における議論が個別具体の文学や表象の問題に直結していることは間違いありません(もちろん「表象の問題」とは「表現の自由」の問題であり、「ポリティカル・コレクトネス」の問題にほかならない)。表象の(再)政治化という私たちの問題意識にとって、絓氏は大きな参照元となりました。

 シンポジウムを聞き逃した方から絓氏の批評に初めて触れる方まで、読み応えのあるものとなっているでしょう。

テーマ①《異化》としての批評

ブレヒトをはじめ、フーコーバディウに至るラディカルな思想家の数々が主張してきたように、社会の解放を目指す政治はつねに「自然秩序(あたりまえ)」という体裁を破壊すべきで、必然で不可避と見せられていたことをただの偶然として明かしていくと同様に、不可能と思われたことを達成可能であると見せなければならない。現時点で現実的と呼ばれるものも、かつては「不可能」と呼ばれていたことをここで思い出してみよう。〔…〕(マーク・フィッシャー『資本主義リアリズム』*1

ある出来事ないしは性格を異化するというのは、簡単にいって、まずその出来事ないしは性格から当然なもの、既知のもの、明白なものを取り去って、それに対する驚きや好奇心をつくりだすことである。〔…〕異化するというのは、だから、歴史化するということであり、つまり諸々の出来事や人物を、歴史的なものとして、移り変わるものとして表現することである(ベルトルト・ブレヒト「実験的演劇について」*2) 

 「異化効果」はブレヒトによって(そしてロシア・フォルマニズムではシクロフスキーによって)提唱されました。「異化」とは何でしょうか。

 このように問うてしまうと、たちどころに「異化」は空虚なものになるでしょう。あるものをあるものに変えると言っても、何をどのように変えて、どうするのか、《異化》という言葉には何も書き込まれていません。それは端的に歴史に左右されるからであり、《異化》は「誤配」と同じく事後的にしか確認できないからです。言い換えればそれは、「〜とは何か」という問いに答えうるような一つの「理論」ではありません。

 それはあくまで実践であり、行為であり、効果です。それは奇妙なほど「不安定」なひとつの出来事だと言えます。ともすれば、他人を不快にさえさせれば《異化》であるというような安易さにすら結びつくでしょう。

 これは批評も同じく、それは積極的に定義を持つものではありません。もちろんあるコンテクストの中で批評の役割を確定することは普通に可能ですが、とはいえ、批評の本質であり批評の存在について問う(「〜とは何か」)ことはできないのではないでしょうか。批評は一個の自立したコンテンツではなく、したがって、またひとつの効果でしかありませんでした。批評もまた「不安定」です。

 ブレヒトアリストテレスの演劇論に対抗していました。それは観客を登場人物、物語に感情移入=同化させる理論だからです。《異化》という実践は、感情移入を拒みます。なぜなら、《異化》は世界の見え方をがらっと変えてしまう、言い換えれば、観客のそれまでの世界観を「疎外」するからです(しかし実は、もしかしたら昔のえらい人はこれを「啓蒙」と呼んだのかもしれません。あるいは最近では「ダーク・エンライトメント」と)。

 このようにして既存の価値基準を「同じもの」でありながら「同一ではない」ものに変化させる効果こそ、《異化》と呼ばれたのでした。ところで、いま「批評」と呼ばれるものはそうした不快さや不安定さを持っているでしょうか。このことについてはすでに別の場所でも触れましたが(哄笑批評宣言)、この答えは宙吊りのままにしておきましょう。

 しかし、もし〈同〉化が必然であるとしたら、《異化》はそれほど簡単ではありません。そのような中で、いかにして〈同〉という〈主〉を《異化》すべきでしょうか。

 そのような観点から次の二つの論考を収録いたしました。

小野まき子「煙草と図鑑 ブレヒト『セチュアンの善人』について」

二〇一八年はブレヒトの当たり年であった。(「煙草と図鑑」本文より)

 ブレヒトの戯曲『セチュアンの善人』は、「善人であれ、しかも生きよ」というテーゼで知られています。この戯曲の中では、神々によって要請される「善人である」ことと、一方で一個の人間として「生きる」ことが、常に矛盾した形で展開されていくのでした。

沈徳〔シェン・テ〕 (不安でいっぱいになって)でも自信がないんです、神様。こんなに物価が高くて、どうして善人でいられるでしょう?

神二 悪いがそれはわしらには手のつけようがない。経済の問題にはかかわれんのでな。(ブレヒト「セチュアンの善人」*3

 娼婦であったシェン・テは、セチュアンの町を訪れた神を家に泊めてやり、神からの礼で煙草屋を営み始めるのでした。%2%同時にシェン・テは、神から「善人」であるよう命を受けます。しかし劇内では、この「善人であること」と「生きること」は、絶えず「弁証法的」な対立を含むものとして表現されていきます。つまりシェン・テは、道徳と労働の間で——上部構造と下部構造のあいだで——引き裂かれていくのです。

 この分裂は具体的に描写されます。善人であるがゆえに他者に施しを与えてしまい、貧乏になっていくシェン・テは、資本の原理に則り、自己のために他者を排斥することのできるシュイ・タを「従兄弟」として作り出し、一人二役を演じることで、なんとかそれを両立しようとするのです。

 小野の論考では、この戯曲における「煙草」というモチーフに着目することで、物語を貫通する「弁証法的」構造を解釈していきます。煙草はもちろん、単に劇中に登場する象徴・表象に止まるものではありません。煙草は公共空間にとっては、他人の権利を侵害する「悪」として排斥されるものでした。

このことは当然、近代都市の群衆の問題として理解されるべきであろう。交換価値の支配する大都市の群衆は、彼ら自身が名もなき社会の成員=労働者であり、清潔に管理されるべき商品なのだ。(「煙草と図鑑」本文より)

 このように資本主義や都市空間へのブレヒトの鮮烈な問題意識を明らかにしていく小野の論考ですが、議論の後半では、「当たり年」であったとされる(例えば:『東京芸術祭』は現代の人々に生じる分断を解消する「お祭り」 - インタビュー : CINRA.NET)二〇一八年のブレヒトの用いられ方に対し、スーザン・ソンタグベンヤミン中平卓馬の写真論などの材料を使いつつ、批判的な考察を展開します。ブレヒトは度々「アクチュアル」な作家とされています。しかし、仮にそうだとしたら、その「アクチュアル」さはどのように担保されているのでしょうか。また現代の作家たちは、劇場という空間の中でどのようにして観客を扱っているのでしょうか。小野まき子の論考です。

都市の人間について何ごとかを語れる重要な詩人は、たぶんブレヒトが最初である。(ヴァルター・ベンヤミンブレヒトの詩への注釈」、*4

しげのかいり「金井美恵子論 吐き気あるいは野蛮な情熱」

さしあたっての問題は書くことのはじまりと同時にやってくる。なぜならばわたしたちは書くことを原点とすることによってしか、作品のはじまりという文学創造の原理へ到達することが出来ないからである。(金井美恵子「書くことのはじまりにむかって」*5

吐き気がするほどロマンチックだぜ/お前は(ロマンチスト - The Stalin

 金井美恵子は一九四七年生まれの小説家・詩人・批評家です。ヌーヴォー・ロマンに影響を受けた、長くうねるような文体や、批評家や小説家を皮肉るエッセーで知られる金井ですが、しげのかいりの論考では、金井の初期小説作品における「書くこと」が分析されます。

 しげのによれば、金井の「書くこと」は初期作品から執拗に繰り返される《私》と《あなた》の構造のうちで、極めて奇矯な自己撞着的構造を持っています。ここでの分析では、「書く」行為は、「読む」ことで摂取した=食べたものを「吐くこと」であり、エクリチュールは一個の吐瀉物なのです。

金井美恵子にとって「書くこと」とは、「読むこと」によって必然的に催す「吐き気」である。作家・金井美恵子は、書くことの動機として主体的な意志を必要としない。「書くこと」は「読むこと」によって突き上がってくる「吐き気」によって作られるにすぎないからである。(「金井美恵子論」本文より) 

 論考後半では、メニングハウス『吐き気』などを手掛かりに、「吐き気」をめぐる美/醜の問題に考察が及びます。「吐き気」は、美学的には、そして政治的にはどのように扱われるべきでしょうか。ここから見出される「不純なスターリン主義」とは何でしょうか。「吐き気がするほどロマンチック」(ザ・スターリン)な、しげのかいりによる金井美恵子論です。

テーマ②「昭和の終わり」と「平成の終わり」

 「昭和」から「平成」へ、かつてあったはずのあの切断についても、これから生じることになるあの切断についても、それ自体ひとつの「配列」以外のなにものでもないことが意識されなければならない。この視座からすれば、たとえば「平成生まれ」のような共同性に根ざして特定の出来事や対象を扱うことは、もはや「制度」に対し現状追認的である、と言わなければならなくなる。(左藤「昭和の終わりの『大失敗』」より)

一九四五年以後、この国には「戦前」と「戦後」という区別が存在する。これは「敗戦」を契機とするとはいえ、やはり「神」であった天皇が「人間」になってからの時間的思考だ。だから、ぼくたちが生きているこの日本社会には、いまでも「天皇制」の時間が流れていると言えるだろう。(赤井「宮台真司の夢」より)  

 『近代日本の批評』(柄谷行人編)『現代日本の批評』(東浩紀編)を見れば分かる通り、批評はときに時代を語ってきました。たとえば『現代日本の批評』は、座談会を七五年から八九年、八九年から〇一年で区分しています。そのことは、市川真人による基調報告「一九八九年の地殻変動」を見れば明らかです。もちろんこの「地殻変動」は「冷戦終結」でもあり、また様々な業界(音楽、ゲーム、お笑い、etc.)にとってもある種の変わり目であったわけですが、これらの「変わり目」がそのまま「昭和の終わり」/「平成の始まり」に(つまり昭和天皇崩御に)重なっていることは偶然でしょうか。

 『大失敗』が刊行される二〇一九年は、平成最後の年です。この平成最後の年に直面して、日本では再度「象徴天皇制」のある不思議さが露わになるとともに、「平成」とはなんだったのかという問いや、平成の出来事を回顧する言説も多く見られるようになりました。二〇一九年になればそれはさらに増えていくでしょう。二〇一九年はひとつの「区切り」や「変わり目」として認識されており、ひょっとしたらのちに「地殻変動」と呼ばれるのかもしれません。

 さてそのような「変動」をいま迎えようとしている、この切迫にある私たちは、〈いま・ここ〉の多様なアクチュアリティを語るのではなく元号という時間をめぐる言説・表象についていま一度考えてみたいと思います。そのことは、〈アクチュアリティ〉という言葉の新しさが消去するであろう、ある「持続」を暴露するのかもしれません。

赤井浩太「宮台真司の夢 私小説作家から天皇主義者へ」

 宮台真司はこうして一時はリベラル知識人の代表格と目されるようになるのだが、彼がその手口の裏側で温存したのが「天皇制」であったことは、反リベラルを自称する現在の彼を見れば明らかである。しかし、今もう一つあらためて明らかにされねばならないことは、彼がデビュー当初から現在まで一貫して「私小説作家」であったということだ。(「宮台真司の夢」本文より)

 昭和の終わり=平成のはじまりにデビューした社会学者・宮台真司は、九十年代を通じてある種のヒーローでした。システム理論という社会学的分析を武器に世相を斬り、様々な言説を論破していくパフォーマンスによって、「批評の社会学化」(「社会学の批評化」)を成し遂げた「リベラル知識人」宮台真司ですが、近年の彼がリベラルを批判し、「天皇主義者」を自称していることはよく知られています。

 赤井の論考では、そのように社会学的分析が反リベラル・「天皇主義」へと傾いていく様を、宮台の分析手法そのものが要請するものとして、つまり宮台の秘された内在的スタイルの問題として批評します。赤井によれば、宮台真司社会学者などではなく、「私小説」作家でありました。

つまり、彼は世界の「歴史」よりも私の「夢」を生きたかったのである。ただ、その志向を「社会」に投影したという一点において、彼は社会学を隠れ蓑にした私小説作家であった。(「宮台真司の夢」本文より)

 そのような「天皇主義」の問題とはなんでしょうか。そして、その問題を超えて思考するためにどうすればいいのでしょうか。そのような問題意識から出発し、宮台真司に対する痛烈な批判=ディスを含む、「批評界のMC」赤井浩太の論考です。

——仕方ねぇからシンジくんに見せてやるよ、マジもんの批評ハーコーアジビラスタイルってやつを。そして読者の皆様、大変長らくお待たせいたしました。ここからは白黒ならぬ赤白の決着をつけるショー・ビジネスでございます。不肖のわたくし、「大失敗」の鉄砲玉でありますが、打たれても出る杭、叩かれても出るモグラ、それでもドグマを説くのは、本邦まるで省みられることのないのルンペンの皆様のためであります。サァサァ、おあにいさん、おあねえさん、いらっしゃい、いらっしゃい! 退屈はさせないよ!(「宮台真司の夢」本文より)

左藤青「昭和の終わりの『大失敗』 八八年の有頂天から」

セックス・ピストルズが象徴した七〇年第後半の反体制=「パンク・ロック」は、実際非常に「ポップ」だったわけだが、そのポップさが単なるスタイルへと形骸化し、ひねくれた都会人のファッションになったものが「ニューウェイヴ」なのだ。パンクは「ロックは死んだ」と宣言した。ニューウェイヴは「すべてはコピーである」とあざ笑う。しかし、パンク/ニューウェイヴどちらにせよ、音楽だけではなく、ある種の態度決定にまつわる、雑に言えば「実存」にまつわる「運動」だったことは確かだ。それはものの見方を規定し、社会に接する態度を規定したのだ。(「昭和の終わりの『大失敗』」本文より)

  かねて「大失敗」は「ニューウェイヴ」を標榜してきました。しかし「ニューウェイヴ」とはなんでしょうか。それは確かに一つの音楽のスタイルです。XTCDEVO、一時期のYMOなどに代表させられるような軽薄短小なスタイル、「スカスカ」な音……けれどもそうした音楽たちは、その時代においては、ある「実存」に関するものでした。

 ここで左藤が着目するのは、そうしたニューウェイヴ・スタイルのある種の臨界点としての「ナゴム・レコード」です。ナゴムは、日本でも最初期(一九八三年)に創設されたインディーズ・レーベルです。

 ケラ(現在のケラリーノ・サンドロヴィッチ)が代表となった「ナゴム」には、筋肉少女帯電気グルーヴといったバンド、そしてもちろん大槻ケンヂピエール瀧といった「サブカル人」を輩出しました。「ナゴム」は、演劇、文筆、俳優、など音楽にとどまらない才能が集う場所であったわけですが、その実、非常にくだらないものでした。

www.youtube.com

(「人生」は電気グルーヴの前身)

 この「ナゴム」のしょうもなさを批評の問題として引き受けることを考えつつ、ここで左藤はとりわけ、ケラ率いるニューウェイヴ・バンド「有頂天」の一九八八年のアルバム『G∩N』(ガン)を批評します。

 最近(おそらくは演劇の業績で)紫綬褒章を受章したケラリーノ・サンドロヴィッチは、八八年の昭和天皇吐血と「自粛」ムード(浅田彰はこれを指して「土人」と揶揄した)のなかで、次のように歌っていました。

王様はキトク/今に塔も折れる

あった国にあったボク/あったボクら

「ブチコワセ」なんてコトバ/ブチコワして

今日もアソコへ行こう(有頂天 - Sの終わり)

 この「Sの終わり」は「昭和の終わり」です。『G∩N』(=癌)では、他の楽曲でも、この「危篤」、「病」のイメージが頻出し、昭和天皇崩御を存分にネタにしていきます。この意味では、彼らの音楽は一種の「不敬」音楽でした。

 「大失敗」の名前の元ネタとなった楽曲「大失敗’85」も含むアルバム『G∩N』を通じて、表象の(無)意味と元号を考える、左藤青の論考です。

ディスコゾンビ#104「俺と空手とS−MX 我々は如何にして恋愛資本主義と戦ってきたか?」(コラム)

モテ/非モテという対立軸があった。(「俺と空手とS−MX」本文より)

 「昭和の終わり」と「平成の終わり」を生き抜く漫画家・ディスコゾンビ#104氏によるコラムです。八〇年代から今までを支配する「モテ−非モテ構造」(恋愛資本主義)を記述するこの文章では、多種多様な商品・広告・コンテンツが現れては消えていきます。そうしたコンテンツたちは、男の承認欲求を満たそうとする「商法」として整理され、その商法と非モテたちの「戦記」が描かれるのです。

究極の社会的弱者K.K.O.非モテらによる一斉武装決起によりSNS、とりわけツイッターは阿鼻叫喚の地獄と化した!(「俺と空手とS−MX」本文より)

  ある意味もっとも「アクチュアル」なこのコラムは、「昭和の終わり」から「平成の終わり」にかけての歴史を語るものとして重要な役割を果たしています。S-MXという「恋愛仕様」車を頂点とする恋愛資本主義に男たちはどのように立ち向かうのでしょうか。ディスコゾンビ#104による論考です。

 

*1:マーク・フィッシャー『資本主義リアリズム』、セバスチャン・ブロイ、河南瑠莉訳、堀内出版、二〇一八年、五〇頁。

*2:『今日の世界は演劇によって再現できるか ブレヒト演劇論集』所収。千田是也訳、白水社、一九六二年、一二三、一二四頁。

*3:ベルトルト・ブレヒト「セチュアンの善人」『ブレヒト戯曲全集第5巻』所収。岩淵達治訳、未來社、一九九九年。岩淵訳では「ゼチュアンの善人」。

*4:ボードレール 他五篇』三〇二頁

*5:金井美恵子「書くことの始まりにむかって」、『金井美恵子エッセイ・コレクション{1964–2013}1 夜になっても遊びつづけろ』所収(平凡社、二〇一三年)、三〇頁。

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『小失敗』Note配信開始

いつもお世話になっております、左藤青です。先月の文フリ東京で創刊号と併せて発売したおまけ雑誌『小失敗』ですが、会場で創刊号もろとも無事完売いたしました。

創刊号は現在増刷の準備中なのですが、ありがたいことに『小失敗』についても読みたいという声が上がっております。こちらは「おまけ」なので再版の予定はないのですが、せっかくなのでNoteで公開したいと思います。

前衛批評おまけ雑誌『小失敗』(Note版)|前衛批評集団「大失敗」|note

 

内容は主に三つの部門から成ります。運営三人(赤井浩太、左藤青、しげのかいり)によるエッセイ「大失敗読書会」レポート「前衛のための義務教育」(運営三人によるレビュー20個)です。詳しくは上のリンクから目次をご覧下さい。

 

値段は400円ですが、紙ではA468頁、文字数にして56000字以上もある「おまけ」です。

『大失敗』創刊号はなかなかソリッドな論考しか載っていないのですが、『小失敗』はもう少しラフに読め、運営三人のキャラクターがわかりやすい内容になっています。「大失敗入門」に最適なのではないでしょうか。

なお、三つほど無料でレビューの試し読みができます。いずれもなかなかポレミックな内容です。ご一読下さい。

【書評】赤井浩太:スタイルをめぐる闘争(津村喬『戦略とスタイル』)|前衛批評集団「大失敗」|note

【書評】左藤青:一億総批評家社会(東浩紀『郵便的不安たちβ』)|前衛批評集団「大失敗」|note

【書評】しげのかいり:「批評家」になんかなりたくない(金井美恵子『夜になっても遊び続けろ』)|前衛批評集団「大失敗」|note

 

「大失敗」は現在二号を準備中ですが、近々、また別の何かしらについて告知させていただくことになると思います。今後とも「大失敗」をよろしくお願いします。

 



 

(文責 - 左藤青)

 

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加速主義と日本的身体 —柄谷行人から出発して

good-bye good-bye good-morning

different ≠ another("different ≠ another" - P-MODEL

内分泌のカタストロフィー/思考機能の感覚代行/健忘症の優しい私は/花がいとしい/鳥がいとしい ("趣味の時代" - ハルメンズ 

日本的身体

 ここ数年、日本の言論界が今さら話題にしている思想「加速主義」や「暗黒啓蒙」に対して、私たちはある種の「もっともらしさ」や「既視感」を感じてしまった。おそらく、加速主義はその成立の現場においては「いかがわしい」思想であったのだろう。しかしこの「いかがわしい」思想も、日本の言語空間に輸入されるとたちどころに口当たりの良い「もっともらしい」思想になってしまう。

 この日本という言語空間の「体質」は今に始まった事ではない。例えばアメリカの社会学者デイヴィッド・リースマンが来日した際、大学教授でもなさそうな一般市民が講演に押し寄せリースマンを驚愕させた事態、あるいは、フーコードゥルーズの難解なテクストが「ニューアカデミズム」として「流行」する事態と同じものだ。

 もちろん、「思想がその成立現場から離れてしまう」という現象は、日本特有のものではない。例えば、アメリカという風土は、どんな背景を持つ思想であれ、往々にしてプラグマティックな「道具」や「手法」に加工してしまう。しかし、私たちにとっては、外来思想の奥行きや「本来の」価値が理解されないということが問題なのではない。すなわち、日本人の人文知に対するアカデミックな認識やら語学力やらが劣っているという端的な事実は、「批評」の問題とはならない。日本においてより深刻なのは、どんなに「目新しく」、「異なった」(different)思想であれ、それが、日本という場所に対する「もう一つの(another)価値」を持つことがないということである。内部を脅かす異物であるはずの「いかがわしい」思想は、それ自体がまさに外部であることによって逆説的に内部に位置するメインカルチャーを補強してしまうのだ。この風土のなかで、「批評家」や研究者たちは、こうした外来思想を平明に解説し、読者たちの趣味的な好奇心を満たす「輸入業者」として動員されるのである。

 しかしもちろんこれは外来思想に限った話ではない。国内においては、例えば敗戦後の焼け跡を称揚した「堕落論」の坂口安吾もまた、時が経つにつれてもともと持っていたはずの「いかがわしさ」をなかったものとされ、戦後の自由と平等を擁護する「戦後民主主義者」としての安吾像へと変貌していった。こうした事情は、少なくとも日本という一個の身体——これを日本的身体と呼ぼう——がもつ深刻な問題である。

 加速主義が仮にラディカルな思想だとしても、それは「ラディカルなもの」として紹介されるがゆえに、この凝り固まった身体を粉砕するような破壊力は持ち得ない。「日本的身体」は、エスニック料理を楽しむ品のいい消費者として、あらゆる思想を「現代思想」として美味しく調理して食べている。

 この状況では、加速主義は日本の「体質」を強固にするものにしかなり得ないだろう。もしも私たちがかかる現実を理解した上で思想しようとするならば、柄谷行人が言ったように、日本という身体の在り方そのものを変革するような思想のあり方を自覚的な仕方で模索しなければならないはずだ。

日本のポスト・モダニズムは、西洋かぶれの外見を持ちながら、この種のナショナリズムを含意している。それはありとあらゆるものを外から導入しながら、「外部」を持たない閉じられた言説体系である。そこでは、自分の考えていることだけがすべてであって、自分がどう在るかは忘れられている。むろん、どんな人間も他人が自分をどう思っているかくらいは知っているが、それは結局自意識でしかない。他者に対して過敏な者がしばしば“他者“を持たないように、現在の日本の言説空間は「外部」を持たない。いいかえれば《批評》の不在である(「批評とポストモダン」)

 ここで柄谷行人が批判しているのは日本のポストモダニズムであり、そこから遡行された京都学派である。柄谷によれば、彼らは一見「西洋かぶれ」の外見を持ちながら、それを規定する日本の風土(すなわち自身の身体)に対して無頓着であった。その結果、彼らは単なるナショナリズムへと陥ってしまう。

 柄谷のいうとおり、「私たち」はいつでも、「自分の考えていることだけがすべてであって、自分がどう在るか」を忘れている。つまり、こうした議論の内容の新奇さに気を取られ、新たなものとして対象化して熱中したり、あるいはそれをパロディして「メタ化/ネタ化」した気になっているとき、私たちはまさにその議論の手元的で形式的な反復性、そしてその対象をまなざす我々自身の「手癖」に気づくことができない。つまり、自身の身体の「スタイル」に気づくことができない。

 この種の、柄谷のいう《批評》の不在は日本においては奇異な事でもなんでもない。むしろ《批評》の不在こそ日本においては常態なのだ。

宣長のいうような自然=生成は、制度あるいは構築を拒絶するかにみえて、それ自体独特の制度であり構築なのだ。もしわれわれが神・超越者あるいはそのヴァリエーションに対して、西欧人のように闘い、挑むのならば、的はずれである。(「批評とポストモダン」)

 日本における批評の《不在》は「脱構築」(構築からの脱出)ではなく、むしろ精巧に作られた構築であり、「制度」に過ぎないと柄谷は批判している。 この状況下では、例えば「戦争」に論評を加える知識人を批判して「国民は黙つて事変に処した」と喝破した小林秀雄さえまた、「構築を批判する構築論者」でしかなくなってしまう。私たちに見えないのは、この「自然」という構築物であり、制度を拒絶する制度に守られた日本の土壌であり風土であり、日本的身体に他ならないのだ。ここでは、あらゆる「いかがわしい」思想が「もっともらしい」思想として流通し、「いかがわしい」ものであったことが忘れ去られてしまう。いわば、日本においては「他者」と出会うことなどできないのである。

 これは、日本という「身体」であり、日本語という「文体」に強く根付いた問題である。どれだけグローバル化が「加速」し、日本という固有の場所が無くなっていくように見えたとしても、あるいは様々な言説の中で「現代思想」の状況が変わっているかのように見せられていたとしても、この身体の「制度」は未だ残り続けている。

 

なんでもよく、どうでもいい

 加速主義の議論は 「暗黒啓蒙」と言う名からも分かる通り、啓蒙主義を批判しながら啓蒙主義の最たるものである自由主義啓蒙思想に結びつくパラドックスをはらんでいる。しかしそもそも、このパラドックスだけでは加速主義の「いかがわしさ」を論証することはできないだろう。これはちょうど柄谷行人江藤淳を引用して批判している「護憲論者」と同じ身振りに過ぎない。

江藤淳の議論は、その逆の、すべてを憲法から流出させる連中の論理と似ている。あるいは、もっとラディカルである。というのは、後者は、「原理」に固執するようにみえながら、誰がどうみても現状と背反する「憲法九条」をうやむやにしているからだ。本当は彼らは文脈をこえた、同一的な「意味」に固執する人々ではない(無作為の権力) 

 加速主義を流通させている「のっぺりとした土壌」としての日本の言論空間は、小林秀雄のように原理原則にこだわらないという原理原則に則っている。この原理原則とはすなわち、「護憲論者」のように原理と現場とのズレをうやむやにする「制度」である。この意味では日本人はほとんど全員「護憲論者」でしかない。一言で言ってしまえば日本の言論空間=日本的身体にとっては、あらゆるものが「なんでもよく、どうでもいい」からである。

 日本的身体にとっては、新しく持ち込まれた「異なるもの」の材料がニック・ランドだろうがサッカナ・シーだろうが(つまり肉料理だろうが魚料理だろうが)同じであり、どうせ調理して口当たりを良くして食べるのだから、同じなのである。それが「新しい思想」として流通しさえすれば、後は「なんでもよく、どうでもいい」のだ。

 むしろこうした流通ルートに「シラケつつノリ」、訳知り顔の紹介者あるいは「批評家」として、読者たちに「美食」を供して名を売り金を稼ぐことの方が、多くの人間にとって重要である(むろんこの流れから完全に身を切り離すことなど、誰にもできない)。このレベルではそもそも日本において近代は未発達であるだとか、資本主義社会が徹底されていないと言った丸山真男小室直樹の議論は「野暮」の二文字、あるいは「ネタにマジレス」というクリシェで片付けられるだけだろう(しかしネタはベタに機能する)。そもそも丸山的な問題意識を持っていたとしたら、この反復性に気付くはずである。

 むろん、かかる風土からは絶対に《批評》は生まれない。《批評》は原理主義でも現場主義でもない。《批評》は、原理が必然的に持ってしまう現実とのズレに対する鋭い反省から、はじめて生まれるのである。

柄谷行人クリシェ/差別の問題

 ところで、柄谷はこの日本的身体から、自身をどの程度切断しえたのか。柄谷がこの問題を掘り下げたのは、中上健次という切り口からである。柄谷にとっては中上健次は差別小説を書いた単なる小説家ではない。柄谷にとって中上とは「日本近代文学が中心としてきた近代小説という枠におさまらなかった」小説家に他ならない。

中上健次における過剰性は、どんな同時代作家よりも彼を健康にし且つ病的にしている。いっそ彼は「病気」だといった方が良い。「病者の光学」という言葉が彼にはふさわしい。彼において、暴力的なのは、本当は肯定の力だ。が、その肯定力は、どんな否定力よりも破壊的である(「今ここへ――中上健次」)

 柄谷行人は一般的な「今・ここ」と中上健次が肯定する《今・ここ》を峻別する。「今・ここ」とは差別を隠蔽する「同一性」の場であるが、中上が肯定する過剰な《今・ここ》はむしろ、同一性に隠蔽された場である「今・ここ」を破壊し、差異を露呈させる肯定の力だ。しかし柄谷の論旨にもある独断が見えると言わざるをえない。《今・ここ》は、柄谷がいうような「破壊的な肯定の力」ばかりを持つとは限らないからだ。むしろそれは、時に肯定の力によって粉砕されるはずの「否定」の力へと結びつき、対極の「今・ここ」に反転してしまいうるのではないだろうか。

 例えば、在日朝鮮人の問題である。在日朝鮮人の差別はもはや「隠蔽」されたものではない。それは、そうした差別(による特権)が「隠蔽されていること」を「在日特権」として糾弾する陰謀論者じみた人間がいることから逆説的に明らかである(むろんそれは特権でも何でもない)。

 しかし「在日特権を許さない」人々がいくら最終的には「同一性」(同質性)を目指していたとしても、彼らが根拠とするのは、つねに在日朝鮮人と日本人との「差異」である。彼らこそが、まさに差異が隠蔽された「今・ここ」を粉砕する力、言ってしまえば「破壊的な肯定の力」を利用しているのだ。すなわち、差別主義者は「同一性」のもとに差別を隠蔽するのではなく、むしろ差別を利用する。同一性と差別は、柄谷が言うように必ずしも一致するわけではない。差異が露呈していたとして、相変わらずそれが否定的に働くことはつねにある。

 これは柄谷が単に中上健次を誤読しているという問題ではない。重要なのは、むしろ柄谷自身が「加速主義」や日本のポストモダンと同じ病理を抱えているのではないかということである。先に述べたように、柄谷は中上健次の小説を「日本近代文学が中心としてきた近代小説という枠におさまらなかった」小説として評価している。この読み方自体を否定するつもりはない。しかし「近代小説におさまらない」というこの「オルタナティヴ性」が、柄谷行人における肯定的な評価の根拠になっている点が問題なのだ。

 つまり柄谷行人にとっては、中上の小説が「近代小説」の枠組みから逸脱するもの、すなわち小説とは「異なるもの」でさえあれば、「なんでもよく、どうでもいい」わけである。中上健次あるいは差別の問題もその地平線の内側からのみ評価されるものであって、そのバイアスの外にある問題はあらかじめなかったこととされてしまう。したがって柄谷行人のテクスト読解は、その対象(中上のテクスト)がいかに「いかがわしい」ものであったとしても、そこから出てくる結論はいつも「のっぺり」とした、単に「もっともらしい」だけのものになるだろう。

 なお、この傾向は現在の柄谷をみればさらに明らかである。先に引用したのは護憲論者を批判するかつての柄谷だが、今の柄谷行人は誰がどう見てもかつての彼が批判していた対象に成り下がっている。すなわち、柄谷もまた「『原理』に固執するようにみえながら、誰がどうみても現状と背反する事実をうやむやにしている」日本的身体にのっかった書き手の一人に過ぎなかった(あるいはそうなった)のだ。

 さて、中上を論じるにあたって、柄谷行人の正確な「真贋」が「真贋」であるがゆえに見落としているのは、中上健次の小説そのものが持つ「小説としての暴力性」である。柄谷は「日本近代文学が中心としてきた近代小説という枠におさまらなかった」と手癖的に評価してしまうことで、「小説的な暴力性」そのものの異物性をむしろ無視してしまったのだ。

 柄谷にとって「小説」は単に近代のドグマでしかない。だからこそ、それと「異なる」中上の「肯定の力」を必要としたのだ。しかし、言ってしまえば柄谷の「小説」観はリアリズムを前提にしたものに過ぎない。

 「小説」はそもそも散文芸術であるがゆえに、市民社会に依存しつつも、当の市民社会にとっての「雑文」(=ジャンク)にとどまる*1。しかし、「小説」は、まさにそれ自体がジャンクであり、弁証法から抜け落ちるものであるからこそ、弁証法に対する「内部における外部」として機能しうるのである。この「内部における外部」という構図は、柄谷自身が「脱構築」として見出していたものであるが、それにも関わらず、中上に接する柄谷はこの表裏一体の関係性を見落としている。

 「今・ここ」にある日本的身体を問題にしつつも、「近代小説」の二重性を見落とした柄谷の議論は、自身の在り方にいつまでも気づかない日本的身体の問題と通底している。つまり本質的な問題は、「近代」の持つ相反する二重性の中にこそあるのだ。この問題は、「近代」の半面しか見ない加速主義の議論にさえ敷衍できるのである。

different ≠ another

 加速主義(とりわけニック・ランド)の抱える問題についても触れておく。日本的身体にも加速主義にも共通する問題は、「異なるもの」をつねに「もう一つのもの」として無批判に受け止めてしまう遠近法である。真に〈EXIT〉しなければならないのはこの地平であろう。

 加速主義の抱える問題は、「差別がない」時代に「差別をいう」ことがラディカルであるかのように錯覚している、露悪的で幼稚な心象である。オルタナ右翼が、たかがポリティカル・コレクトネスに差別を、民主主義に自由を対置した程度でダークでタブーな「現実」を発見した気になっているのなら、その凡庸さにはつい笑いが込み上げてしまう。それは「オルタナ」などではなく、単なる現実追認であり、大多数の人間が持つよくある差別意識に過ぎないからである*2。また、彼らの「技術的進歩」にまつわる議論についても凡庸と言わざるをえない。それは、単なるリニアな時間性、すなわち二〇世紀の哲学が批判してきた「目的論」あるいは「終末論」の安易な変奏に過ぎないのではないだろうか。

 この点で、私たちは当然だが(少なくとも『資本主義リアリズム』の時点での)マーク・フィッシャーの方を相対的に評価する。フィッシャーは「もう一つのもの」を希求しつつも、むしろ安易な「オルタナティヴ」をリアリズムと同等に批判し、原理と現実のズレに直面した「加速主義者」であった。

 しかし、ランド的=オルタナ右翼的「暗黒」趣味では、「相関主義」を超えるどころか、単に議論をポストモダン以前に、もっといえばカント以前にまで差し戻してしまうだけだろう(もっとも、彼らはそれでいいというかもしれないが)。このような「反動」は「新しい」反動などではない。それは「今・ここ」の遠近法に無自覚・共犯的な単なるルサンチマンである。だからそれは何の「異化」効果も持たないし、いつしか忘れられるのみだろう。このような「新しいもの」は、これまでもつねにすでに忘れられてきたのだ。

 「差別」は実際にある。しかしそれはもはや「同一」の空間によって、すなわち「同調圧力」によって隠蔽され、抑圧されるものではない。それはむしろ「黙つて事変に処し」ていることによって自明なものになった土壌=身体から「他者」をながめ見た時に、その「遠近法」的差異によって強調され、発見され、作り出されるものなのだ。

健忘症=潔癖症を超えて

 ここまでにも何度か触れたように、日本的身体、日本という「制度」は、遠近法を利用している。この身体は、どんな「異なる」思想であれ、既視感のうちに包摂してしまうだろう。一方、この身体は、日本人のアイデンティティを実際に脅かしかねない「在日」の、その己に似た相貌についてはアレルギーを引き起こす。すなわち、そこにある「差異」=「距離」を極端に強調し、体外へ排出しようとするのだ。そのようにすることで、制度はいつまでも自分の身体を「固有=清潔」(propre)なままに守り続けている。

 この身体の身振りのうちで、どんなトピックも、いずれも「なんでもよく、どうでもいい」退屈な趣味の問題へと還元され、いつのまにか忘れさせられてしまうだろう。かかる健忘症=潔癖症こそ私たちは批判しなければならない。新たに現れてくる様々な影。しかしそれは繰り返されてきた問題であって、実は「目新しい」ものでも「いかがわしい」ものでも「もう一つの」ものでもなかった。「目新しい」ものはいつでも、「差異化という差別」を生む「もっともらしい」ものでしかなかった。

 この「遠近法」を狂わせるために、私たちは自分たちの身体の関節を、そして自明となっている文体の流れを脱臼させなければならない。差し迫った問題は、加速することではない。からだ(身体=文体)をどのようにして変えるか、これである。 それはおそらく、「新しいもの」や、「奇異なもの」、あるいは「マイナーなもの」を持ち出すことによっては不可能だろう。そうした諸々は、「趣味」に陥ってしまうに過ぎず、その時点で既に無毒化されているからだ。言い換えれば、それは日本的身体の「健康」に従事しているのである。

 だから、「あの思想はもはや古くなったので、新たな枠組みが必要だ」と「状況分析」を述べ、何かを「批評」した気になるのはもうやめよう。むしろ私たちは、一見「アクチュアリティ」からかけ離れ、「終わった」、「遅れた」と思われているつるりとした過去の資料に目を向けるべきなのだ。そこにこそ、日本的身体の見せかけの統一性=単一性を複数化し、リニアな時間を脱臼させる、抵抗の手立てを見いだすことができるはずだからである。

 もはや「風流」として自明のものとなった記憶の中からこそ、身体を不意打ちし、時間の関節を外し、「いかがわしさ」の幽霊が到来する。資本に内包されてしまう「もっともらしい」様々なる意匠を超えて、今そこに幽霊が徘徊している。

 

しげのかいり左藤青 共同執筆)

 

 

 

daisippai.hatenablog.com

 

*1:このことを指摘した批評家として、中村光夫を挙げることができる。

*2:したがって「オルタナ右翼」は「オルタナ」でもなんでもなく、単なるベタな差別主義者ではないだろうか。それは歴史の中で何度も出てきては「オルタナティブ」を自称してきたものだ。

(紹介)『大失敗』創刊号についてのご感想

 いつもお世話になっております、「大失敗」左藤青です。一月の京都文フリと五月の東京文フリで無事『大失敗』創刊号を完売することができました。ありがとうございます。

 様々な方からメールやTwitterその他様々な場所でご感想をいただいているのですが、その中に、素晴らしい「批評」がございましたので、ご本人の許可を得てご紹介させていただきます。『大失敗』をお持ちの方はぜひ傍に創刊号を置いて、お持ちでない方は『大失敗』創刊号内容紹介をご一読いただいてから、ご覧ください。

※なお、匿名希望とのことでお名前等は伏せさせていただきます。

 

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レコロ様、ならびに『大失敗』誌同人の皆様

 夜分に失礼いたします。連絡が遅くなってしまいましたが、ようやく『大失敗』誌を読むことができましたので、感想を送らせていただきます。

 複数の著者によって書かれた複数の文章をおさめた同人誌について、よくまとまった見解のようなものは示すというのはやはり難しいことだと思います。むしろそんな乱暴なことをしてもよいのだろうかとちょっと尻込みしてしまいます。

 けれども無茶を承知で言うのであれば、『大失敗』誌におさめられたそれぞれの文章に共通するものは、その雑誌名のキャッチーで「広告的な」響きに反して、思考停止を許してくれるわかりやすさからあくまで距離をとりつづけることであったはずだとわたしは読みました。

 しげのさんの文章は作家の「自由」で「純粋」な想像=創造と「不純なもの」を「否認」し自己を構成=「更正」しようとする潔癖症とをパラレルに、レコロさんの文章は極度に主観的なものとしての夢すなわち「当為としての天皇」というバーチャルなヴィジョンを、左藤さんの文章はパンク的な「あらゆる意味のレッテルに対する否定」の「大失敗」を「病だの悲劇だの」として享楽する「「エモい」言葉」あるいは態度を、それぞれ批判しているわけですが、これらはおそらく、わたしたち文学や批評の読者が思考停止の安楽をもとめて手にとってしまいやすいものの羅列であるとも言えるでしょう。

 そしてまた、巻頭と巻末の絓氏とディスコゾンビさんの文章がそれぞれ、「国民主権」を謳う市民社会がつねにすでに「トーテミズム」としての天皇制との共犯関係にあることと、60年代に始まっていまにいたる時代の「末代までの恥」を産んだどうしようもなさとを示してしまっているがために、わたしたち読者は、同じく手にとりやすい「平和主義」にも、「若者」の文化に引きこもることも許されてはいません。

 そのうえ、小野まき子さんの文章は、「「われわれ」は(それが仮に「ゲロ」だの「クソ」だの「テンノウ」だのといった、即物的(ジャンク)な露悪趣味だったとしても)、センセーショナルな広告的戦略に安易に動員されるべきではないだろう」、つまりこの『大失敗』という冊子に書きこまれたさまざまな言葉のリストにも、簡単に「同化」してはならない、この冊子をさえ「古びた写真のように」、あるいは「植物図鑑のように」読まなければならないと読者に告げてしまっています。

 だから『大失敗』誌の(言うまでもなく意図的なものであれ非意図的なものであれ)わたしたち読者に対する呼びかけは、(あなたたち、ではなく)あなたも考えよ、というものであったのではないかとわたしは考えます。しかもそれは、誰かを励まし勇気づけるような、あなたにも考えることはできる、あなた自身の考えを大切にしなさい、というような受け止めやすい自己啓発あるいは啓蒙的なものではまったくなく、容易にいたりうる思考の陥穽への経路を先回りして封鎖し、ほとんど袋小路のような場所にいることをわたしたちに認識させたうえでの(ある意味厳しい)呼びかけであったのでしょう。

 ひとまず『大失敗』誌についての感想をここまでまとめたところにいたって、この冊子が受け取り手に(ちょっと信じ難いほどの怒りと叱責をも含む)さまざまな反応を引き起こした理由がわかるような気がします。

 単純にそれは、この冊子におさめられた文章のひとつひとつが、わたしたちが(「生きた自由な言葉」の操作によって)手にしたと信じこんでいる結論すなわちあるひとつの「アクチュアル actual = 顕在的なもの」の不自由さあるいは有限性を指摘してみせたからではないでしょうか。ただそれは、ある種古典的なものにさえ見える「批評的知性」が、やはりその当然の(不自由な)帰結としてなさなければならなかったことであるようにも、わたしには思えています。

 

 

 本当は個別の文章についてもそれぞれそれなりの長さの感想を書きたかったのですが、それでは今月が終わってもメールを送れないような気がして、乱暴気味ですが短くまとめたものを送ることといたしました。

 末筆ながら、レコロさまと、『大失敗』同人の皆様との、ご健勝とご多幸とを心からお祈り申し上げます。

 

『大失敗』の読者に与える袋小路と思考停止の禁止に至って

2019年5月16日

〇〇〇〇

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ご感想はTwitter・メールなどで受け付けております。

(編集 - 左藤青

 

「大失敗」のスタイル変革を要望する

 

※ 赤井浩太による報告記事

 

 5月3日に行われた『機関精神史』主宰・後藤護氏と赤井浩太によるトークイベント(『令和残俠伝 ー止められるか俺たちを』)は盛況に終わり、東京文フリで売られた『大失敗』も完売という形で終わったことは喜ばしいことである。しかしながらこのゴールデンウィークは、我々の問題点が明らかになったゴールデンウィークでもある。

 まず後藤護氏とのトークイベントだが、大失敗側は後藤氏におんぶに抱っこで何もできていなかったと総括するべきだろう。あのトークイベントを見て平岡正明氏に関心を持ってくれた人がいたなら良かったが、わたしにはあのトークイベントで十全に平岡正明が魅力的に語られていたとは思えない。今回のトークイベントでは後藤氏の平岡像と赤井浩太の平岡像がすれ違いを起こしてしまい、わたしには対話が成り立っていたように見えなかった。それは赤井氏と後藤氏との認識のズレに起因するものではないし、後藤氏が赤井よりも、あるいは赤井が後藤氏よりも馬鹿だったからスレ違いを起こしたわけでもない。

 原因は赤井浩太のあがり症にある。赤井は生真面目な性格の持ち主で、であるが故に持ち前のサービス精神でもって客に問いかけようとしていたが、返す刀で後藤護と丁々発止することを忘れていたのだ。これでは片手落ちである。

 この性格的原因は赤井浩太個人の問題を超えて思想的な課題になるだろうが、それ以前に、我々は常日頃から集団制作の必要性を問い続けてきた。しかしながら今回のトークイベントでは、その集団制作的な思想運動がうまく機能していたとはいえない。わたしも左藤も赤井浩太に孤立無援の戦いをしいてしまった。この問題は平岡正明から、より広く「批評」ないし「批評同人誌」を議題とする二部にも見られることである。

 二部では左藤と後藤氏が主に議論する流れになっていたが、二部のセッションでは左藤の研究対象であるデリダや、批評同人誌の内輪批評に話に収縮してしまった印象がある。今回のトークイベントでは荒木優太をはじめとする、現在批評家として活動している人間がたくさん見てくれたから成立したものの、正直わたしの理想とするトークイベントにはなっていなかった。なによりも、コンテンツをいかに売るか。もしくはコンテンツの趣味判断に議論が終始してしまい、よりマクロの「来たるべき知」のあり方を語り合うようなイベントにはなっていなかったように思う。

 もしかしたら批評や文学の読者はしみったれた連中が多いから、この内容でも我慢できたのかもしれない。しかしもっとポジティブなことを後藤氏と対話できたらより強度あるトークイベントが実現できたのではなかろうか。わたしは最後の最後で登壇したものの、大味気味の表現しか出来ず、自分の無力さを痛感せざるを得なかった。

 我々は常日頃から「党」の重要性や持続力を考えることを強調してきた。しかしこのままでは我々の党は、すぐ滅んでしまうものになる筈である。ゴールデンウィークの「成功」に浮かれず、より一層「集団制作」の練度向上に励む必要がある筈だ。これが、先ずなおさなければならない課題の一つである。

 

 二つ目に問題を挙げるとすれば「売れた」ことである。売れたこと自体が問題なのではない。売れてからが問題なのだ。我が大失敗は『大失敗』を「売るため」に作っているのではない。それは目的の一つだが、第一目標ではないだろう。我々の目標は「問題提起」する事ではなかったか。いくらか売れたところでちり紙に使われてしまっては元も子もない。赤井浩太や左藤青や小野まき子やディスコゾンビ氏、あるいは絓秀実氏の優れた論考を読んで、批判し、糧にしてくれなければ意味がないのだろう。つまり、買ってそれでおしまい。あとは本棚の肥やしでは作った必要がないではないのだ。したがって我々が真に成功したという言えるのは、読者の中から異論含めた意見が出てきて、そこからまた新しい思想運動の萌芽が生まれた時だけだ。そしてこの問題は我々内部の問題だけではなく、買ってくれた読者に対する異議申し立てでもある。読み手こそが思想し、批判的に『大失敗』を読まなければ『大失敗』の意味がない。つまり読者も十年一日のごとく同じようなジャーゴンを用いた「感想」という名の批評ごっこを「ツイート」をする呑気な消費者ではいられない筈だ。『大失敗』を買った時点で、少なからず我々にオルグされており、そして執筆者になる可能性をたぶんにある。つまりわたしは『大失敗』に対する積極的な批判と投稿を要望する(その点で住本麻子氏による『小失敗』への批判が出てきたのは喜ばしいことである)。

 

 最後に、先にも触れたが私見によれば、今回のゴールデンウィークは我々の反省点と問題点が浮き彫りになったゴールデンウィークだということができる。我々に未だ足りないのは、むろん「党」を前提にしてモノを考える「革命中心の思想」であり、持続する運動を形成しうるだけの組織作りである。そしてそれは言うまでもなく自己批判と対話の不十分が招いた結果だ。他者性を欠いた有象無象に党など作れるはずがない。

 その点で我々とは多少立場が違うが、我々にとって後藤護氏の立場は積極的に評価すべきものである。なぜなら彼の立場はきわめてシンプルだ。その点が良い。「マニエリスム」と精神史。むろんそれだけではないし、この二つも多層的な意味を持っているに違いないが、このような蝶番になるであろうフレーズが明解であることはアジビラとして必要条件であるとわたしは考えている。『機関精神史』は、こうしたフレーズを明解にすることによって自らの立場を規定し、対話することによって雑誌全体に余裕を持たせることに成功している。自己は自己がなにものかに侵食されない限りで余裕を持つものである。後藤護氏の立場はきわめて明解であるがゆえに対立物を見定めて、対象を見ることに成功しているのではないか。今日の『大失敗』に必要なのはこの余裕である。紋切り型を拒否するのではなく、紋切り型によって紋切り型を制す花田清輝以来の批評運動をあり方をより一層確固たるものにしなければならないのではないかとわたしは考えている。

 さわさりながら、このようなイベントや状況に恵まれたことが、昨年九月から我々がやってきた運動の成果であるのはれっきとした事実だ。その点を踏まえた上で十年一日のごとき反復に陥らない意識変化と新しい風こそ、我々には必要なのだ。「風」の流れを変えること。そこからしか革命は生まれない。ファシスト的熱風をコミュニズムの風へと変化する新たな執筆者こそ我々は待ち望んでいる。

 

(文責 - しげのかいり

 

twitter.com

 

※ ここでしげのが触れているGWの「大失敗」については下記参照。

daisippai.hatenablog.com

 

 

 

大失敗、東京遠征編

 

  どうも、赤井浩太です。こういった報告記事の類いはたいてい左藤がやってくれるのですが、いま彼は国にお金をねだるための書類作りで忙しいので、今回はぼくが担当します。

 さて、GWでした。われわれ「大失敗」は初の東京遠征だったのです。トークイベント「令和残侠伝」と、同人誌イベント「文フリ東京」の二本立てで、とても充実したGWとなりました。というわけで、その報告をぼくの感想を含めてお伝えしようと思います。

トークイベント「令和残侠伝」

 「せっかく東京に行くんだから、何かやらないともったいない」というビンボー根性(営業努力?)でトークイベントをやろうと言い出したのは左藤でした。そこでぼくが日ごろお世話になっている「機関精神史」主宰の後藤護さんにお願いして一緒に対談イベントを開催する運びになりました。「令和残侠伝 —止められるか、俺たちを―」というタイトルは後藤さんが考えてくれた名前です。トークイベントに登壇することなんて初めてのぼくは、「イケイケドンドン感がすごいな」と思い、正直なところ若干尻込みをしていたのですが、何度かの打ち合わせの末、イベントのプログラムが「機関精神史」×「大失敗」による〝対バン〟のような様相を呈してきて、これはもう大変なことになるぞと思いました。

 というのも、大失敗ファンの皆さまはご存知の通り、気の弱いぼくとは違って、左藤としげのは息をするように人様の悪口を言うので、当日何を言い出すか分かったものではなかったからです。それに、たかが同人誌のイベントにお客さんは来てくれるのか、用意したプログラムは上手くいくのか、そもそもぼくはちゃんと人前で喋ることができるのか……。そういう考えたらキリがないほどの心配をバックパックに詰めて東京へ向かいました。

 そして当日、フタを開けてみれば超満員。立ち見客にとどまらず、外でキャス放送を聞く人たちまで出てしまうことになりました。これは予想していた来場者数よりも遥かに上回った結果ですが、ぼくたちはこんなに多くの人たちが見に来てくれるとは思いもしなかったのです(次こそはもっとキャパの大きい会場でやりたいです)。そして肝心の対談はというと、個人的な反省は山ほどあるのですが、それはともかくとして、後藤さんとぼくの「マチャアキ観」の違い、そして「機関精神史」と「大失敗」の目的や方法の違いなどが鮮明になり、スリリングかつシビアな議論が展開できたと思います。ちなみに左藤としげのは基本的に通常運転ではあったものの、ぼくが心配したほどのことはありませんでした。むしろぼくが穏当すぎたかと反省した次第です。ともあれ、トークイベント「令和残侠伝」は盛会のうちに幕を閉じました。

 19時から21時過ぎまでの長丁場にもかかわらず、ぼくらの話を聞いて頂いた皆さま、本当にありがとうございました。それから、このイベントを手伝ってくれた方々にも感謝を申し上げます。そして後藤護さん、「機関精神史」の皆さま、お付き合いいただき本当にありがとうございました。

文学フリマ東京

 ぼくたちが初めて出店したのは今年一月の文学フリマ京都でした。どうやら京都は評論ブースが東京に比べて少なく、そちらを目当てのお客さんも比較的少なかったようなのですが、それでも滑り出しとしては好調でした。そのあと通信販売を始めて、地方に住む読者の方にも郵送で販売をしました(現在は受付を一時停止しています)。

 前から予定していたことではありますが、文学フリマ東京ではどれぐらい売れるのかということがぼくの関心事でした。とはいえ、ブログがどれだけ読まれていても、それがそのまま同人誌を買ってくれる人の数になるとはかぎりません。その意味ではどうなるのか、これもまたトークイベント同様に予想がつきませんでした。

 ほかの同人ブースに比べると、店の外装も貧相な「大失敗」ブースではあったのですが、しかし開場直後からありがたいことに客足は途切れず、本誌『大失敗』創刊号も『小失敗』も順調なペースで売れていきました。そうそう、今回はただ創刊号を持っていくだけではつまらないと、これもまた左藤が言い出したので(彼は本当に仕事熱心です)、おまけとしてエッセイとブック&CDレビューを載せた冊子「小失敗」を作ったのです。入稿〆切まで時間がなかったので、大急ぎでエッセイを1本、レビュー6~7本を三人それぞれ書きました。ブログで「大失敗」を始めてからというもの、左藤が言うように「地獄の千本ノック」をやっているような気持ちになります。(ブログの書き手を募集しています)

 まぁそれはいいとして、「大失敗」ブースには創刊号に寄稿して頂いた絓秀実さんをはじめ、商業誌でお名前を目にする著名な方々にも『大失敗』や『小失敗』を買っていただきました。ぼく個人としては、「わー、ツイッターでフォローしてる人だー!」と感動しつつ、恐縮しきりでした。途中、杉田俊介さんと話すためにぼくが席を外したため、左藤のワンオペ状態となってしまい、どうやら大変だったようです。しかしぼくが戻ってきたときには売り子の方も到着し、それからもどんどんと売れていって、ついには閉会までかなり時間を残して『大失敗』も『小失敗』も在庫がなくなってしまいました。

 そのようなわけで「大失敗」初の東京進出はありがたいことに大盛況、これにて創刊号初版は完売となりました。もちろん増刷は予定しています。おそらくそのうち通信販売も再開しますので、今回買いそびれた方は受付再開の告知をお待ちください。

赤井の極私的総括

 楽しすぎて疲れた。それがGWの、というか「大失敗」を始めてから創刊号を売りきったGWまでのぼくの感想です。よく知らないままとんでもないジェットコースターに乗ってしまったあとのような、興奮と緊張が一気に弛緩していく感覚がまだ残っています。思い出してみれば、初っ端からバズったり、炎上しかけたり、ケンカを売ったり売られたりと、「大失敗」への道はスタートからスリル満点でした。何かあるたびにゲラゲラ笑って、そのたびに速度がグングンと上がっていき、気がつけば暴走列車のようになっていました。そう、だから、笑う暴走列車、ドーン。つまり、大失敗。

 とはいえ、ぼくたちにとって重要なことは「持続」であって、「加速」ではないのですが、ただ「出発」するためにはやはりある程度「加速」しなければならないこともまた事実でしょう。その意味で「大失敗」はなかなかの初速を出せたのではないでしょうか。

 さて、ここからは「持続」することが課題になってきます。これに関しては不足している要素が多々あることは否めません。ブログの書き手、校正・編集員、その他の雑務など、「大失敗」はつねに人員不足です。お手伝いをして頂ける方、募集中です。大失敗の「愉快な仲間たち」が歓待いたします。それから『大失敗』二号ですが、現在準備中です。メンバーを増やして、さらに「ポップ」で「前衛」的な批評誌を作る予定です。読者の皆さま、どうぞご期待ください。

 以上、ぼくの報告はこれで終わりです。

 ここまで読んで頂き、ありがとうございました。

 

(文責 - 赤井浩太

 

twitter.com

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▲都内某所の「大失敗」。左から、しげのかいり、赤井浩太、左藤青。ちなみに、「大失敗」が一堂に会したのは実はこの度が初めて。

 

「令和残俠伝」プログラム

「大失敗」運営の赤井浩太です。

5/3のトークイベント・プログラムを発表いたします。

当日は御来場の皆様にお会いできることを楽しみにしています。

どうぞよろしくお願いいたします。

 

 

令和残侠伝―止められるか、俺たちを

 

概要

後藤護(機関精神史)と赤井浩太(大失敗)のトークイベント。

イベント開始は19時、会場は神保町のギャラリーSPINOR、エントランス1500円、ドリンクなし(必要な方は持参してください)。

 

タイムテーブル

19:00~19:05 挨拶およびイベントの主旨説明(左藤青)

19;05~19:50問題提起① 平岡正明リバイバルをめぐって(後藤護)

「方法としての平岡正明

1.「平岡文体」の必要性(主語、比喩、造語、ルビ)

2.「梁山泊」という組織論(平岡正明の徒党性)

3.「精神史家」としての平岡正明(平岡的な史論とは何か)

 

【休憩15分】

 

20:05~20:45 問題提起② 思想史/精神史の復権のために(赤井浩太)

「批評における歴史の消失」

両同人誌の紹介(後藤/左藤)

1.東浩紀蓮實重彦劣化コピー(左藤青)

2.批評同人誌の現在(後藤護、赤井浩太、左藤青)

3.商業誌/同人誌のこれから

 

20:45~21:15 問題提起③ しげのかいり/山田宗史登壇

1.しげのかいり/山田宗史による補足/批判

2.花田清輝という論点

 

21:00~?? 質問&フリータイム

 

 

以上

 

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(文責 - 赤井浩太)

赤井浩太 文フリ東京【エ-18】 (@rouge_22) | Twitter

「令和残俠伝」開催ならびに『小失敗』販売のお知らせ

みなさま、ご無沙汰しております。左藤青です。本日は二つほど告知させていただきます。ゴールデンウィーク中の『大失敗』についてです。

令和残俠伝(5月3日)

来るべき5月3日、元号が変わって間も無く、『機関精神史』後藤護氏と『大失敗』赤井浩太でイベントがあります。

 

『機関精神史』は『大失敗』よりほんの少し先輩で、ほぼ同時期に活動を開始した批評誌。「学魔」高山宏をフューチャーし、アングラパンクな批評を展開しています。

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ニューウェイヴ前衛批評集団である『大失敗』とは何かと共通項があり、とりわけ後藤氏と赤井はともに平岡正明を論じていますので、当日は平岡批評の臨界点について語られることになるでしょう。そのほか、現在の批評の問題、思想史の問題、批評誌のあり方、"令和以後"の批評など、さまざまな議論、プロレス、場外乱闘が予定されています。われわれの「不揃いなシンクロ感」あるいは「調和感のある調子外れ」にご期待ください。

ちなみに私、左藤は司会で参加します(そして後半からは、さらに登壇者が増える…かもしれません)。

※ 予約ありません。当日、スピノールに直接お越しください。

前衛批評おまけ雑誌『小失敗』 (5月6日)

『大失敗』は東京文フリ(5月6日)に参加します。絓秀実氏の論考も掲載している創刊号は、おかげさまで無駄に刷り過ぎた在庫を順調に減らしており、増刷も確定しております。

しかし、来るべき東京文フリに、一月発売の創刊号だけを持っていくのはつまらない。というわけで、前衛批評おまけ雑誌『小失敗』を発刊いたします。

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ディスコゾンビ#104氏によるすばらしい表紙

『小失敗』は、赤井・左藤・しげのによるエッセイ&補論集、「大失敗読書会」参加者が書いたレポート、「前衛」のための義務教育と題したレビュー集(20冊)を収録(とはいえ60頁以上あります)。創刊号と併せて読むと「大失敗」の全貌がちょっとだけ明らかになります。部数はそれほど刷らないので、お買い求めの際はお早めにお越しください。

500円を予定していますが、『大失敗』と合わせてご購入いただくか、すでに『大失敗』をお持ちの方はご提示いただければ300円になります。

 

それでは、皆様とお会いできるのを楽しみにしております。

大失敗なゴールデンウィークをお過ごしください。

 

(文責 - 左藤青

 

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